前回は、いろんなつながりから、どうやって池袋へ導かれてきたのかを書きました。
mixi等、SNSなんて存在がある事を初めて知りました。
PCにはものすごく疎く、極力遠ざけていました。反射区講座ではよく「いくつ仕事してたんですか?」と驚かれてますが、PC系の会社へは苦手意識からずっと逃げ続けていました。今まさにそのツケを払っている感じです。
「施術できる場所さえあればね~」
という声がものすごく多く、その問題が解決されたんですから、かなり嬉しい事となりました(当時、¥6,000/2時間)。
アルバイトは、1つは続けました。無償で提供していただけていましたから、正直いつ追い出されるかと不安も感じてました。
昼は整体、夜はアルバイト。施術中に意識がなくなり、お客様をガッカリさせてしまった事も多々ありました。
2010.3.28、あるお客様のつながりで、『1/4の奇跡』自主上映会がある事を知り、何人かで見に行きました。そこで私は価値が分からず、ひたすら(-_-)zzz寝ていました。かたや他の皆さんは号泣。いったいどういう事か・・・。
そのあたりから、サロンオーナーである伊藤直美さんの試練が始まります。 でっちあげられ、こよなく愛してた会社から除名扱い。それでも黙々と耐え続け、今では喜びに満ち溢れ、日本全国飛び回ってます。今直美さんは、「あれは今の段階に入るための卒業試験だった」と語っています。
出版し、全国を精力的に回る姿に、よき【モデル】だと感謝にたえません。
ある交流会で出会った方から、BNI(ビジネス朝食会)を紹介され、入会する事に(当時、¥7,000/2時間)。結局「スピリチュアル整体」と怪しまれ(今思えば私自身の表現に、超がつく問題)、3.11の地震を機に退会するようになりました。
しかしコリリンというイメージキャラクターを作っていただけた事、未だに深くお付き合いする信頼関係等、ありがたかったと思える出来事はたくさんあります。
2010.6.12、奥さんがお客様として予約してきました。
当日のその時間は、有楽町線で事故があり、「JR側からでは道に迷ってしまった」と迎えに行きました。第1印象は「かわいい人」と思いつつも、まさか結婚する事になるとは、完全に予想していませんでした。
「体に触れられるのは嫌でしたが、吉永さんのは今までと違う」と通っていただけるようになりました。
《私は生涯独身だろう》と覚悟を決めてましたが、ある程度まで自己承認できるようになったからこそ出会えたんだと痛感してます。
いらしたお客様方から、「絶対値上げすべきだ!」と評していただけ(3人以上の方々から言われたら「神の声」と見なしています)、値上げを踏み切りました(¥10,000/2時間、一括払い制も導入)。
値上げしたものの、「やはりまずかったんじゃないか(+_+)」と恐れをなし、自信をなくしました。そんな中多くのお客様から絶賛していただけ、励ましていただけた事が忘れられません。この時期に、「人生のキーワード」ができました。
書き始めたら、記憶がどんどん蘇ってきて、止まらなくなりました。次回は、「池袋2011」ですね^^;
東京練馬で、根本解決の整体なら・・・
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